手術について ≪まずは外科を受診してください≫

一度、ヘルニアになってしまいますと薬での治癒は望めず、根本的治療は手術しかありません。もちろん古くから使われている"脱腸帯”や、"ヘルニアバンド”などでおさえていても、自然に治ることはありません。子供さんのヘルニアと異なり、成人のヘルニアは多くの場合、加齢によるものと考えられているためです。

従来、手術はヘルニアの袋を処理した後に、ヘルニアの出てくる”孔”(ヘルニア門)を縫合し補強閉鎖するのが一般的でしたが、1990年代からは縫合部分に緊張をかけず、再発率を下げることを目的に人工のメッシュシート(ポリプロピレンやポリエチレン)を使用した手術が世界的にも一般的になっています。Tension-free repairと呼ばれますが、従来の手術に比べ再発率は下がっており、その確率は2-5%程といわれています。このメッシュシートは、世界中で様々な種類が製造、販売されていますが、メッシュシートをどのような手技で、どのような形のものを、どのような位置に配置補強するかで、多くの術式が存在しています。

 

基本的コンセプトと代表的手術手技を以下で説明します。

 

術式について

ヘルニアの手術において重要なポイントは、①ヘルニアのう、すなわち脱出した腹膜のふくろ(嚢)の処理をすること、②そけい管後壁の補強、つまりヘルニアの体腔側の孔自体をどのように閉鎖、補強するか、この2点になってきます。

ヘルニア嚢?そけい管?、後壁?、またちょっと判りにくくなってきましたので、順次説明していきたいと思います。

Grant's Atlas of Anatomyより
Grant's Atlas of Anatomyより

そけい靭帯の恥骨よりの部分には外腹斜筋腱膜が裂けて孔があいている部分があります。ここを浅そけい輪(外そけい輪)といいます。

そけい靭帯のほぼ中央、頭よりの腹腔側には腹横筋腱膜の裂け目があり、ここを深そけい輪(内そけい輪)といいます。

そけい管とは、この浅そけい輪と深そけい輪の間のことで、男性では精索(精管や精巣動静脈、神経などが精巣挙筋などと束になったもの)、女性では子宮円索(子宮底部左右前方を支えている筋繊維)が通っています。

 

手術のコンセプト

詳細な解剖学的な点については省略し、ポイントとなることのみ、簡略化し説明いたします。

 

図のように、本来おなかの中に存在する腸管がそけい部で脱出したのが脱腸、そけいヘルニアです。

 

飛び出ている腸管を、おなかの中に戻し、その腸管を包んでいる、伸びきった腹膜(ヘルニア嚢、いわゆる脱腸のふくろ)を処理します。

(参考写真①)

手術の際、この袋を内そけい輪の位置で切除してしまうことを、高位結紮処理と表現しますが、現在多くの術式では、この袋を開放したり、切除したりすることなく、周りの組織からはがして、お腹の中へ戻してやるのが一般的になっています。ただし、この袋が大きく陰嚢まで下がっているような場合には、腹膜の袋を全部剥がして取ってしまうと、術後に漿液腫(リンパ液などが貯留すること)を形成しやすくなるため、敢えてはがすことなく切断し開放するだけで残すことも多々あります。

 

 

参考写真①:  

ヘルニアの袋と精索を剥がしているところ

従来法

ヘルニアの袋を高位結紮、処理したうえで、そけい管の後壁となるヘルニアの出口となる部分の孔、いわゆるヘルニア門を縫合するのが、この方法です。

代表的なものにイタリアのBassini先生が1884年に発表した、バッシーニ(Bassini)法と、アメリカのMcVay先生が1948年に報告したマックベイ(McVay)法があります。

また1869年、米国のMarcy先生が行った、ヘルニアの袋を処理し、内そけい輪を縫縮するマーシイ(Marcy)法もここに分類されていいと思いますが、たとえば若い患者さんで、そけい管後壁がしっかりしていてヘルニア門の小さい方には、現在も行うことの多い、すぐれた手術法といえます。

 メッシュを使わない方法は、次に紹介するTension-free repairに対し、Tension Repairと称されますが、メッシュを使わず自己組織でTension-freeを実践する方法として 鼠径管の後壁を何層かに分け連続縫合して補強する”Shouldice法”があります。ヨーロッパヘルニアガイドライン上では、メッシュを使用しない術式として推奨されています。(推奨グレード:Level 1A)他にも、一部切れ込みを入れた外腹斜筋腱膜を用いて鼡径管の後壁を補強する手法で、メッシュを用いない"Desarda法"  (http://www.desarda.com/home)というのもよい成績を出しているようです(註1)。

註1:世界的には標準術式ともいえるLichtenstein法との比較で有意差のない成績が公開されています。

Tension-free Repair

最近の手術は、ほとんどの場合人工のメッシュシートを使用したこの方法が行われているといえます。

ヘルニアの袋を処理する点は同様ですが、そけい管後壁をどのように補強するかという点に、各術式の特徴があります。

偏った見方かもしれませんが、 そけい管後壁の補強の際にメッシュを置く位置で、

①前側(体表側)なのか、②後ろ側(腹腔側)なのかという点に敢えて絞って分類してみます。

①前側に置く方法としては、

1960年代にアメリカのLichtenstein先生の考案した、リッヒテンシュタイン(Lichtenstein)法が代表的で、現在も広く行われており、2009年版のヨーロッパヘルニアガイドラインでも推奨されており、世界中で広く行われている方法です。

最近では術後の違和感、痛みの軽減目的で"lightweight", "large-pored"と呼ばれる、軽くて目の粗いメッシュが各社から発売されており、広く使われています。 またLichtenstein法専用でメッシュを縫いつける必要のない、ユニークな製品も販売されています。例えば、

Parietex ProGrip™ Mesh(Covidien社):縫合不要の溶ける滑り止め(セルフグリップ機能)のついた、縫合いらずの製品。 親水性、半吸収性を売りにしているが、臨床上メッシュの縫合固定が必要ない点は術後慢性疼痛発現の軽減につながりうるのではないかと期待しています。

BARD™Mesh (メデイコン、BARD社):歴史と実績ある製品。

②後ろ側(腹膜前腔)に置く方法としては、

  腹膜前腔留置法(Preperitoneal Hernia Repair)と総称されるこの方法にも様々なアプローチ方法、デバイスが存在しています。以下にその代表的なものを紹介しておきます。

Kugel™ Patch:米国のKugel先生が1999年に発表した、腹膜前腔に形状記憶リングを有したメッシュシートを、縫合することなく留置するという方法でクーゲル(Kugel)法と呼称されます。当然そけい管自体を破壊しないため、神経損傷などの機会も軽減するため、術後の疼痛に関しても有利と考えられています。

 1) Kugel™ Hernia Patch (メデイコン、BARD社):後方(腹膜前腔)からのアプローチで、オリジナルのKugel法に使用。玄人好みの手術。通常の前方アプローチから入った外科医には若干敷居は高いものの、手技に精通すると、他の手技に比較し手術時間は極めて短く15分から20分程度で終了することも可能です。

 2) Modified Kugel™ Hernia Patch (メデイコン、BARD社):前方(そけい管側)からアプローチして腹膜前腔にメッシュを留置する方法。mesh-plug法から入った外科医でも、取り組みやすいよう前方アプローチで行うKugel法。一般的にはダイレクトクーゲル法と呼称されます。(参考写真②)

Polysoft (メデイコン、BARD社):形状保持リングを有したlight weightメッシュ。そけい部の解剖にフィットする形状。扱いに少しコツがいる感はあり。

3DMax™LightMesh (メデイコン、BARD社):ヘルニア修復に特化しデザインされた立体的形状のメッシュ。腹腔鏡下手術で取り回しが良い。

 

腹腔鏡を使用したヘルニア手術も行われますが、これはヘルニアをお腹の側から手術し、ヘルニアの孔を、お腹側からメッシュで補強しますので、当然メッシュの留置位置のコンセプトとしては、ここに分類してもいいと思います。腹腔鏡下ヘルニア修復術は術後の疼痛が少なく、社気復帰も早いという点で、特に下記のTEPは、ヨーロッパヘルニアガイドラインでも推奨されています。ただし、手術材料や時間、医療コストなどの問題から、まだ限られた施設でしか行われていないというデメリットはあります。2004年に米国から発表された論文では、術後の疼痛には優れるが、再発率や合併症を考慮すると、初発のヘルニア手術には従来の手術法が優るのではといった記載も見られますため(註1)、再発時の手術や、両側ヘルニアの場合、また女性の方などにはいい選択肢と思われます(註2)。本邦でも1994年から保険収載されており、積極的に行う施設は増えてきています。どの外科手術領域でも腹腔鏡手術が一般的になりつつある昨今、またどのタイプのヘルニアにも対応可能な点や、術後のQOL(Quolity of Life)などの利点から、最近また注目を集めており、これからは腹腔鏡下でのヘルニア手術が全国的に広まる可能性は感じられます。

 註1:Open Mesh versus Laparoscopic Mesh Repair of Inguinal Hernia. New Engl J M. 2004 Apr 29;350(18):1819-27. http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa040093

註2:Laparoscopic Repair of Inguinal Hernias. World J Surg. (2011)35: 1519-1525

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3140939/pdf/268_2011_Article_1030.pdf

 

鏡視下手術法にはそのアプローチの違いから、

TAPP: Transabdominal preperitoneal repair(経腹的腹膜前修復法)

TEP: Totally extraperitoneal repair(腹膜外腹膜前修復法)

に分けられますが、腹膜前腔に補強用メッシュを留置するというコンセプトは全く同じといえます。(参考写真:③、④)

こちらも既成のメッシュ製品がラインナップされていますが、適宜汎用のメッシュシートを術者が形成し使用したりしています。

3DMax™ Mesh (メデイコン、BARD社):人体の立体形状に合わせ成形されたメッシュシート 

TiLENE™MESH (pfm medical): チタンコーテイングのLight Weight Mesh。従来のポリプロピレンの質量を減らしつつ、チタンコーテイングで強度を担保。

Parietex ProGrip™ Mesh(Covidien社):腹腔鏡手術ではメッシュ固定の専用ヘルニアステイプラーを使いますが、縫合不要の溶ける滑り止め(セルフグリップ機能)が付いているため、これを不要とした製品。(参考写真③-1, 2)

Parietex™Anatomical Mesh(Covidien社):腹腔鏡用の二次元と三次元構造を共有する形のメッシュシート。大腿動静脈をまたぐ部を特に形成済み。

 

さてTAPPとTEP、いったいどちらが優れているのかということについてですが、ヨーロッパのガイドラインではTEP、その一方でTAPPがいいのではといった論文もあり(Markus Gass, et al. TAPP or TEP? Population-Based Analysis of Prospective Dataon 4,552 Patients Undergoing Endoscopic Inguinal Hernia Repair. Woeld J Surg (2012) 36:2782-2786)、現在のところはどちらとも言えないようです。

 

LPEC法: 細径の腹腔鏡でおなかの中からヘルニア門を観察し、内そけい輪のレベルで、お腹側で腹膜のみを1本の糸で縫縮してしまう手術です。もちろんメッシュなどは使用しません。幼小児のヘルニア手術では、昔から行われている高位結紮術(ポッツ法)に代わるものとして現在は広く行われています。最近では整容性も兼ね、20代の若い女性にも適応が広がり始めており、成人女性でも有用と報告されています。 ただしそけい部に水の貯まる袋があるような状態(ヌックのう胞やそけい部の異所性内膜症など)では、その袋も切除する必要が出てきますので、その場合は適応外といえるでしょう。とはいえ、このLPEC法は若年女性のそけいヘルニア手術において、標準手技となる可能性を秘めているのではと考えています。

 

 

参考写真②:

孔をふさぐために、後ろ側(腹膜前腔)に補強用のメッシュ(ダイレクト・クーゲル・パッチ)を挿入するところ

手術ビデオ:右間接型鼡径ヘルニアに対する、direct Kugel法

 

 

参考写真③-1:

おなかの中からヘルニアの孔(左側の直接型ヘルニア:JHSⅡ-3タイプ)を見たところ(再発例に対する腹腔鏡下ヘルニア修復術:TAPP) 

 

 

参考写真③-2:

上の写真の患者さんに、おなかの中から、メッシュ(ParietexProgrip™)を当ててヘルニアの孔を塞いだところ(腹腔鏡下ヘルニア修復:TAPP)

参考写真④:

腹膜外腔から右側の直接型ヘルニアの孔(JHSⅡ-2タイプ)を見たところです。(腹膜外腹膜前修復法:TEP)

当科ではTAPP法、TEP法のいずれも行っていますが、TEP法はTAPP法に比べても更に術後の痛みが少ない印象もあり、早期社会復帰が可能のようです。ヨーロッパヘルニアガイドラインで推奨されているのも納得の術式です。

手術ビデオ①:左間接型鼡径ヘルニアに対する、単孔式TEP法

手術ビデオ②:単孔式TEP法、要点と盲点

参考写真⑤-1:

おなかの中から、右側の間接型ヘルニアの孔(JHSⅠ-3タイプ)を見たところ。陰嚢にまで達する大きな袋があり、中には腸だけでなく大網という組織が大量にカントンしていました。(経腹的修復法:TAPP)

参考写真⑤-2:

上記の患者さんの、カントンした大網を引き出し、腹膜を切開剥離したところ(経腹的修復:TAPP)

参考写真⑤-3:

ヘルニアの孔をメッシュシートで覆い、塞いだところ。

開放した腹膜は縫合閉鎖します。

術後の慢性疼痛を少しでも回避するため、ParietexProgrip™(Covidien社)を使用し、メッシュを固定するために通常使用するタッカーを使っていません。

参考写真⑤-4:

開放した腹膜を、V-Loc™(Covidien社)を使って縫合閉鎖し、手術が終了したところ。

プラグ法、すなわち孔に栓をするというコンセプトの術式ではありますが、メッシュでできた、コーンをおなかの方に向ける形で、内そけい輪に挿入し、腹圧でその傘が開く様に留置する、The Millican modified Mesh-Plug hernioplastyというかたちで、Millican先生が2003年に発表したミリカン(Millican)法は、プラグの使い方を見ると、補強の力学的なコンセプトは、後ろ側におく方法に準じているといえます。

 

このコンセプトと似ていますが、古くから報告されている方法に、円筒状に形成したメッシュシート(シリンダーメッシュ)でヘルニア門に栓をし、ヘルニアを修復する手法もあります。大腿ヘルニアに対し現代も施行されますが、術前診断さえしっかりついていれば、この手技での大腿ヘルニアの手術は局所麻酔で、しかも短時間に終わらせることができます。(参考文献:Hachisuka T. Femoral hernia repair. Surg Clin North Am. 2003 Oct; 83(5): 1189-1205)

前述の、前側と後ろ側の両法をカバーする術式も存在します。その製品として、

PHS: Prolene Hernia System™ (ETHICON, Johnson and Johnson):1997年、Gilbert先生とエチコン社で開発。内そけい輪を前後二枚の連続したメッシュでカバーする。

UHS: ULTRAPRO™ HERNIA SYSTEM (ETHICON, Johnson and Johnson):PHSのlight weight メッシュの製品。

PROLENE™3D Patch (ETHICON, Johnson and Johnson):腹膜前腔に挿入する部分がダイヤモンド型になっていて、挿入後平らに広がる。ポリプロピレン製で小さいヘルニア用。

本邦で最も代表的といえる術式に、メッシュ・プラグ法があります。 この手術法は、現在日本で一番広く行われている術式と推測され、日本の外科医がもっとも慣れ親しんだ手術法とも言えます。

歴史的には、1993年、米国のRutkow、Robbins先生が、”The Mesh-Plug hernioplasty”として、それまでにおこなった1,500例以上にも及ぶ使用経験を発表したことで広まりました。その後1995年に日本でそけいヘルニア手術専用のメッシュとしてBARD社から発売されたことから、成形済みのヘルニア専用メッシュが過去に本邦では無かったこともあり、従来行っていたBassini法やMcVay法に代わり、瞬く間に広がったという経緯があります。ある意味この製品の発売以降に大学を卒業した外科医には、Mesh-Plug法が標準手術として位置づけられたかもしれません。本来は腹膜前腔に挿入されたプラグだけで、内そけい輪を塞ぎ、脱出を防ぐことをコンセプトにUmbrella(傘)法として始められていますが、そけい管後壁自体が脆弱な直接型ヘルニアや、孔の大きなヘルニアの際には、適切な腹膜前腔への展開、留置が難しくなるため、それを補う目的で補強するメッシュ、いわゆるon-lay mesh、が付加されたようです。

ところで、このように孔を栓で塞ぐというコンセプト自体の歴史は意外に古く、実は1930年代にパリの外科医Pierre Nicholas Gerdyが、皮膚をひっくり返してヘルニアの栓をしたという報告に端を発しているようです。

今は、メッシュの材質や形状に工夫がなされた、さまざまな製品が発売されていますが、このコンセプト自体は本邦のヘルニア手術のなかで、最も実績のある術式といえると思います。

 

BARD Perfix Mesh-Plug™ (メデイコン、BARD社):歴史実績共に一番。ただし素材がhevy weightに分類され、術後の瘢痕硬縮、疼痛、違和感を考慮し、最近は使用頻度が低下。

PERFIX™ Light Plug (メデイコン、BARD社):BARD社がMesh-Plug法のためにlight weightのメッシュ素材で開発した製品。非常に柔らかい素材で現在はこちらが主流。

UPP: ULTRAPRO™ PLUG (ETHICON, Johnson and Johnson):プラグ部分の先端が半吸収性のLight Weight、large poreの製品。on lay sheetは非常に軽くて軟らかくなっており術後の違和感軽減に貢献しています。J&J社は、これを使用した手術はUPP法であってメッシュ・プラグ法では無いとコメントしていますが、手術のコンセプトから一応ここに分類しておきます。プラグ先端部分の吸収にはかなり時間がかかる模様。

プロループ™ (ATRIUM社):プラグ部分がポリプロピレンの特殊なループ状に起毛した製品。三角垂型の通常のプラグに比較し軟らかい印象。

TiLENE™Plug MESH (pfm medical): チタンコーテイングで質量の低下を補強した、新世代のLight Weight Mesh。Mesh-Plug法専用の形態。

Parietex™ Plug and Patch System (Covidien社):親水性、多孔性のパリテックスメッシュを素材としたプラグ法のための製品。

ONFLEX™ Mesh (BARD社):BARD Polysoftと並んでOnstep法に用いられます。このOnstep法は、内側の恥骨側は腹膜前腔に、外側は鼡径管後壁の前側にメッシュを留置するという、従来のLichtenstein法と腹膜前腔側を補強するKugel法の合体したような術式です。Lichtenstein法を受けた患者さんより、術後半年間の精交時痛が少なかったという報告もあり、今後広まる可能性はありますが、手術に際しては若干のブラインド操作もあるため、手術手技の習得にはそれなりの慣れが必要かもしれません。

(参考文献:JacobRosenbergandKristofferAndresen, The Onstep Method for Inguinal Hernia Repair: Operative Technique and Technical Tips. Surgery Research and Practice Volume 2016, Article ID 6935167, 7 pages http://dx.doi.org/10.1155/2016/6935167)

合併症

手術的治療には、ある確率でそれにまつわる合併症は存在します。

 

出血:遅発性の出血もありますので2週間ほどは無理な運動は避けた方がいいでしょう。最近は抗凝固剤、いわゆる”血をサラサラにする薬”を飲んでいる人も多くいますので、そうした方は特に注意が必要です。

感染、化膿:何ヶ月かしてから発症する遅発性のものもありますので、創部の発赤や浸出液を認めた場合は、診察を受けてください。軽いものは抗生剤などの内服や点滴で軽快することもありますが、再切開、再手術が必要になる場合もあります。 (1.5%、済生会新潟第二病院調べ)

創部の腫脹、硬結:これはある意味術後の全ての方に観察されます。おおよそ2週間から1カ月ほどで引いてきますが、完全に傷が平坦で柔らくなるには半年から1年程かかるものだと思ってください。

違和感:これも特に医療用メッシュを用いた場合に観られることがありますが、こちらもおよそ数カ月で軽快していきます。

術後の痛み(術後疼痛):術後まったく痛みがないことはありませんので、手術後は鎮痛剤を処方しています。ただし中には長期にわたり知覚異常や、神経痛様の痛みが、残ることもあります。これも多くの場合数カ月から半年ほどで和らいでいきますが、もし半年、1年しても気になることがありましたら、診察を受けてみてください。

再発:がんとは違いますが、また再発することがあります。従来の手術法にかわり最近は医療用メッシュを使用することが多いので、再発率は低くなってきていますが、全ての手術患者さんの内で、約2~5%と推測されています。 (3.5%、済生会新潟第二病院調べ)

反対側のヘルニアの発症:もとより腹壁の脆弱性に起因した病態ですから、対側にも同様の現象は起こり得るものと理解した方がいいでしょう。しかしながら手術を受けた方が、また対側の手術に訪れるケースは少ないことから、その確率は低いものと推測されます。未だその正確な発生メカニズムが判らないのも事実です。

漿液腫:ヘルニアの袋が大きい場合は、手術部位に水溜り、ブカブカした感じが出ることもありますが、およそ2から4週間ほどで落ち着いてきます。自然に吸収されて消えることもありますが、こうした場合は何度か外来で針を刺して水抜きをする必要があります。(1.5%、済生会新潟第二病院調べ)もちろん陰嚢まで下がってしまった様な巨大なヘルニアの場合は、術後の水溜まりの可能性が極めて高くなります。このような方には、手術中にドレインといった廃液用のチューブを留置することになりますので、5-7日程の入院期間が必要になります。

術後の慢性疼痛:一般的に、どのような手術であっても、術後、古傷が痛むといったようなことはあります。当然ヘルニアの手術であっても術後長期にわたって痛みが継続することは起こりえます。実は海外からの報告でも、術後3カ月以上続く慢性疼痛が10から40%の患者さんに認められたといった報告が散見されています。原因として、手術操作自体や手術に使用したメッシュ素材によるそけい部の神経障害が考えられています。もちろん個々の患者さんで事情は異なるという背景もあるでしょうが、世界中でヘルニアの手術を受ける患者さんは多数おりますので、これは大きな問題といえます。 (註2)

実際、済生会新潟第二病院で手術を受けられた患者さんにアンケート調査を行ったところ、約10%の患者さんに長期の痛みや違和感を覚えるという結果がありました。しかもその痛みは、術後60日から1年を過ぎる間に固定してしまうといった傾向が示唆されました。これはあくまでも、過去に遡ってのアンケート調査ですので、参考にすぎませんが、ヘルニア手術にとっては重要な問題です。もちろんこの結果自体は、術式や使用メッシュ素材によっても異なる可能性はあります。 

 この術後慢性疼痛を回避するためには、手術手技としては手術中の確実な神経の同定と温存が推奨されていますが(註3) 確定的なものはなく、術前から痛みを伴うような方、年齢の若い方で特に女性、再発のヘルニア手術の場合、術後に感染や血腫などの合併症のあった方や両側のヘルニアを手術した方などに、術後慢性疼痛を起こしやすいといった傾向はあるようです。

 

註1:VAS値とは、”Visual analogue scale”といって、目に見えない個人的感覚を視覚化、数値化する指標。たとえば、0が全く痛くない、もしくは何ともない、10がものすごく痛いと仮定し、感覚をあえて10点満点で数値化し評価する手法。

註2:この術後慢性疼痛に関しては、諸外国でも問題視されています。2012年5月には、米国のキャロライナ・ヘルスケア・システムから、成人男性の鼡径ヘルニアの患者さん対象に、術後1年の時点での慢性疼痛の発症予測を計算するモバイル端末対応のアプリケーションがアップル・ストアから無償提供されています。

Carolinas Equation for Quality of Life - CeQOL

註3:International guidelines for prevention and management of post-operative chronic pain following inguinal hernia surgery. Hernia 2011 Jun;15(3):239-49

手術ビデオ:ProGrip™Laparoscopic Self-Fixating Meshを使ったTEP法

私見ですが・・

さて、ここまで見てきて、ではいったいどの手術法で、どのメッシュ製品が一番いいのかという疑問が湧いてきます。 本邦でもガイドライの策定が日本ヘルニア学会で行われてはいますが、具体的な術式、メッシュの種類形状、製品名などまで言及することは現実的には不可能で、総論的なものになっています。実際のところ、これが一番と呼べるものはないというのも正しいし、どの手術法、メッシュ製品も問題なく、優劣はつけられないということも正しいと思います。

ヘルニア手術の歴史の中で、治癒と再発率の低下を目指してきたことは事実ですが、最近は術後の瘢痕硬縮、硬結、違和感、術後疼痛の回避といった点にも注目が集まるようになってきています。この点を考慮しメッシュの素材も、軽くて目の粗い、lightweight, large-poredの製品が主流になってきているのは間違いではありません。その一方で、腹腔鏡を使ったTEP手術においては、従来のheavyweight Meshに対して、Lightweight Meshの有用性は認められなったという研究結果(註4)もありますので、現在もMeshの選択でベストなものは何かといえば、いまだその答えは用意できていません。

その中で、加齢以外にもヘルニアになった原因疾患が他にあるのか、慢性閉塞性肺障害(COPD)、膠原病、肝臓疾患や糖尿病、心臓病などの併存疾患、過去の手術歴などを加味したうえで、担当の外科医自身がやり慣れ、経験豊富な手術法が間違いないというのが、現時点での回答と言えるでしょう。

註4. Long-term Results of a Randomized Double-blinded Prospective Trial of a Lightweight (Ultrapro) Versus a Heavyweight Mesh (Prolene) in Laparoscopic Total Extraperitoneal Inguinal Hernia Repair (TULP-trial).  2016 May;263(5):862-6

 

本邦でも最近また、腹腔鏡手術が注目されてきています。術後の痛みなどを含めたQOL (Qolity of Life)がいいのではと以前からいわれており、ヨーロッパのヘルニアガイドラインでも推奨されていますので、こちらも選択肢の一つとして考慮してみてもいいかもしれません。中津市民病院院長、池田正仁先生のTEPP法を術式選択の中心に捉えた、「鼠径ヘルニア修復術の術式選択を考える」(日本医事新報 No4665、29-35, 2013)は、私たち外科医へのメッセージも多分に含んでおり、示唆に富む内容から術式選択について考えさせられる機会をあたえてくれます。

 

手術治療の本質は、シンプルで衆人にも判り易いコンセプトを持った手術法であろうことは間違いないかと思います。また、再発を恐れた手術以上に術後の慢性疼痛などの回避を考慮した手術術式を担当医と相談し選択していくのがベストと提案します。

ヘルニアは良性疾患ですので、再発したら、また再手術も可能な疾患です。いまの手術の主流は、遍くメッシュ素材を用いたtension-free repairであり、これからもその傾向は変わらないと思われます。諸外国で使用され始めている人工の生体膜であるバイオメッシュによる製品も我が国の日常臨床で使用される日が来るかもしれないと思いますが、その一方でメッシュに頼らない手術術式も今後状況によっては、選択される時代が再度来るかもしれません。時代と共に今も変遷を遂げつつあるヘルニア手術には、まだ確定したものが無いと言っても間違いではないと思います。

一つ提案すると、自身で自分の手術をするわけにいかない以上、やはりそこは専門的知識と技術を持っており、あなたが信頼し得ると判断したお医者さんに方針を任せてみては如何でしょうか。

済生会新潟第二病院

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ヘルニア関連情報ページ:

日本ヘルニア学会
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